2006年年4月号
生活保護の仕組み
生活保護は、働いているかどうかにかかわりなく、生活に困ったとき、国民のだれもが生活保護法にもとづいて権利として請求できる制度です。
生活保護の制度は、第2次世界大戦のあと、世界的な生存権(人間らしく生きる権利)保障制度の確立運動の流れと、国民の民主主義と暮らしを守る要求と運動のなかで憲法第25条で規定されている生存権を保障するためにできました。
生活苦や貧困、病気は、個人の責任ではなく、政府の低賃金政策や貧しい健康・医僚・福祉政策、労働政策など社会的要因によるものです。生活保護法は、こうした社会的原因による生活苦から、国の責任で国民の生活を守ることを目的としてつくられました。
このことから、不十分な面をもちながらも、生活保護基準は、少なくとも国が決めた国民の「健康で文化的な最低生活」に必要な生活費の基準となっています。しかし、雇用の不安定化と家族関係の変容が進行するなか行財政改革が声高に叫ばれ、他の社会保障制度による金銭・サービス給付の水準が低下しています。そうした中、今国や市町村は財政が苦しいことを理由に生活保護の基準が高いといって老齢加算や母子加算を削ったり、受付を抑制したり最後のセーフティネットである生活保護を抑制していく動きが見られます。
生活保護には生活扶助・教育扶助・住宅扶助・医療扶助・介護扶助・出産扶助・生業扶助・葬祭扶助と生活にかかわるあらゆる場面での扶助があります。 生活保護費の計算は世帯単位です。世帯の状況に合わせ、七つの扶助と加算を合計した額と、その世帯が得てい収入額(収入全部でなく、一定の金額を控除したもの)を比較して、その差額が生活保護費として支給されることになります。 申請手続きは福祉事務所や市区町村の担当窓口でおこないます。
また、生活保護を受けると障害者自立支援制度や介護保険の1割負担の利用料や保育料や税金、国民年金の保険料、NHK受信料などが減免されます。このほかにも市区町村の実施しているバスや電車の無料証の支給など法外援護という制度があります。法外援護にどんなものがあるかは市区町村に問い合わせてください。堺市では相談窓口は各区役所の保健福祉総合センターの生活援護課になります。(河野)
(このページのトップへ)
|
2006年5月号
成年後見人制度
認知症の高齢者に対する悪質なリフォーム契約など、判断能力の十分でない弱者に対しての社会問題が起きています。法律的にいったん行なわれた契約を翻すことはできず、貴重な老後の生活資金が奪われることになっています。
「成年後見人制度」は、認知症の高齢者、知的障害者、精神障害者などの判断能力が十分でない人の権利擁護をおこなう制度です。 重度の知的障害の人が、親が生きている間は、「この子のために」と第一に考えている親の思いで、財産や福祉サービスの利用、直接的な介護などで支えられているが、親が亡くなった後、どうなってしまうのか。措置制度から契約制度への移行で、行政、社会福祉事務所などが公的責任を後退させている現在、「成年後見人制度」への期待がたかまっています。
また、ある程度自立が課題の比較的障害の軽い方こそ、様々な社会的トラブルや悪質な詐欺のターゲットにされている現状があり、早急に「成年後見人等」による権利擁護が課題となっています。
成年後見人制度には、法定後見制度と任意後見制度があります。法定後見は、家庭裁判所に申し立て、精神科医の判定します。 任意後見制度は、まだ、ある程度判断能力がある段階で、将来的に判断能力が不十分になっていった後を、こういう条件で、後見等をしてほしいという契約を公正証書で交わすことで成立します。誰が、後見をするかがあらかじめはっきりしています。
このような制度ですが、現在多くの課題を抱えています。1つは、被後見人となると、選挙権がなくなることです。2つ目は、担い手が限られていることです。ほとんどが、親族で、家族の支えがなくなったとき、どうなるという問題があります。3つ目は、専門家(弁護士、司法書士、社会福祉士等)の後見ですが、公的に報酬を保障されていないため(例外的に市町村長申し立ての場合は、ある場合もある)、本人の財産から支払わねばならず、その見通しがたたないことです。
様々な課題がありますが、この権利擁護制度が、現実的に機能するように広く市民に認知されることが大切になっています。(式部)
(このページのトップへ)
|
2006年6月号
地域包括支援センター
地域包括支援センター(以下センター)は、すべての高齢者が住み慣れた地域で、その人らしい生活を維持していくための拠点として、新たに位置づけられたものであり、センターは、さまざまな相談をワンストップ(たらい回しにせず、その人の相談をひとつの機関で受け止める)で受ける総合相談機関として機能することが、期待されています。
しかし、一方で問題山積みの船出であることも確かです。センターの設置数は「人口2〜3万人に1ヶ所」(国基準)ですが、堺市では区役所ごとの7ヶ所に過ぎず、きめ細かい対応が可能とは思えません。
また、新予防給付マネジメント(要支援の方のケアマネジメント)の居宅介護支援事業所への委託が、10月以降は介護支援専門員1人あたり8件と制限され、ケースを手放さざるを得ない状況になっています。利用者側からみると馴染みの関係を断ち切られるという図式です。
これらの膨大なケースは基本的にセンターが担当することになりますが、その結果、センターは多岐に渡る機能のごく一部である新予防給付マネジメントに追われるという事態に陥りかねないのです。それどころか、圧倒的に不足している設置数・職員数から判断して、「センターがマネジメントを担えず、居宅介護支援事業所からも断られる」という、所謂「ケアプラン難民」が発生するという懸念すら指摘されており、センターは質・量ともども体制強化が求められているところです。 そこで、注目すべきなのが「地域包括支援センター運営協議会」です。運営協議会はセンターの円滑且つ適正な運営を図るために広範な権能を有しており、市町村の意思決定に関与するものとされています。つまり、センターが機能するために必要な事柄を審議する「場」といえるのです。
地域包括支援センターが、真に住民のための総合相談機関たりうるのか、運営協議会の動向からも目が離せません。(結いの里・ケアマネージャ 阿部裕一郎)
(このページのトップへ)
|
2006年7月号
堀木訴訟と併給問題
堀木訴訟とは、1970年神戸市に住む全盲のお母さんが、障害福祉年金(当時)と児童扶養手当の併給を求めて起こした裁判です。
本来児童扶養手当は、母子または、夫が重度の障害者である家族の母親を対象に支給されており、当然堀木さんも受給する権利がありました。ところが、堀木さんの場合は障害福祉年金を受給していたため、児童扶養手当法の併給禁止事項が摘用されており堀木さんは受けることができなかったのです。
この併給禁止は法の下の平等を規定した憲法14条に違反するとして起こした裁判です。1972年9月、神戸地裁は、堀木さんの訴えを全面的に認め「併給禁止は憲法違反」との画期的な判決を得ました。そして、当時の厚生省も「児童扶養手当法」の併給禁止条項を改正し、障害福祉年金及び老齢福祉年金と児撞扶養手当の併給が認められました。
しかし、国と兵庫県は法改正まで行いながら法廷闘争を10年にわたって続けました。1975年11月には大阪高裁で、そして1980年には最高裁大法廷で敗訴判決となりました。
ただ、この10余年に及ぶ裁判闘争では、全国的な支援運動が盛り上がり社会保障制度は大きく前進しました。(総合生活支援センターえると ピアカウンセラー・千田勝夫)
(このページのトップへ)
|
2006年8月号
認定こども園
「就学前の教育・保育ニーズに対応する新たな選択肢」というキャッチフレーズで登場してきた?認定こども園?。これが幼保一元化の施設です。
子育て支援策として、保育所では働いていない保護者でも預かることができる?一時保育事業?、幼稚園では夕方の?預かり保育?などを実施し、利用者から見れば幼保の垣根が低くなって助かっているという実態があります。保育の現場では、子育て支援をすすめるために柔軟な姿勢でとりくんできました。
ところが、政府はそういった状況をうまく利用して、2006年6月に審議が不充分なままに、幼保一元化に向けた「就学前の子どもに関する保育教育等の総合的な提供の推進に関する法律」(認定こども園)を成立させました。同28日には国のガイドラインが示され7月1日に公表。このガイドラインについてのパブリックコメントは7月14日締め切りと大変短い期間の取り組みとなりました。
この法律は三位一体改革路線をひた走る「規制改革・民間開放推進会議」において進められ、いろんな問題をはらんでいます。
まず第1に直接入所導入。入所申込に市町村は関与しなくなり、保育料も各々の施設が決めます。応能負担から応益負担に変わり、お金の有無で保育内容が決まります。保育料が払えない人は退所もあり得ると言及し、所得格差が子どもの世界にも広がろうとしています。
2つめは、最低基準の緩和です。職員配置基準は今でも厳しいのに今以上に低下すると、保育現場は本当に大変になります。また、食物アレルギーが社会問題になり現場調理の必要性がどれだけ大切か実証されてきている中で、3〜5歳は給食室の必置義務もなくなります。
そして、政府の一番のねらいは競争原理を持ち込む企業参入です。これでは、少子化や児童虐待等の問題解決どころか新たな問題が起こることが危惧されます。
未来の社会を背負っていってくれる子どもたちが、人間として一人一人大事にされ、いきいきと健やかに育つためには、今の制度を守り幼稚園にも広げていくことが大切です。
今後、大阪府が制定する条例に対して、パブリックコメントを1人でも多くの人に出してもらい、国以上の水準を作らせる働きかけが必要です。(奧埜)
(このページのトップへ)
|
2006年9月号
格差社会と貧困率
格差社会とかいうことば最近になってよく聞かれます。かつて日本は総中流社会なんていわれていた時代からみると隔世の感があります。たしかに、この間の日本政府のとってきた政策は、富める者はますます富み、貧しき者はますます貧しくなっているのです。
この事実がOECD(経済開発協力機構=欧米を中心に30カ国が加盟する国際機関で、先進国間の自由な意見交換・情報交換を通じて、「経済成長」「貿易自由化」「途上国支援」に貢献することを目的としている)の最近の統計で裏付けられています。
その尺度が「貧困率」といわれるもので、可処分所得の中央値の50%以下の所得しかない人の割合、つまり、全調査対象者の中でちょうど真ん中の位置にいる人を基準に(例えばその人が400万円とする)して、その半分(この場合200万円)以下の人がどれくらい占める比率のことで、国際的比較の基準として定着しています。
図1をみると、アメリカと日本が貧困率が高く1、2位を占めています。日本がアメリカのような弱肉強食社会になり、貧富の差が開いていることがわかります。一方、福祉先進国である北欧は先進7カ国(G7)と比較しても貧困率が低く、福祉国家の面目躍如といえます。
また、図2は先進工業国の年齢別貧困率を比較していますが、この図を見て一目瞭然としている点は、アメリカと日本の高齢者に貧富の差が他の国と比べても大きいことがはっきりしています。
この統計は小泉政権誕生前のものですが、この内閣のすすめてきた政策によって日本での格差が大きくなったことは間違いありません。預貯金ゼロ世帯の増加(01年16・7%が04年に23・8%)や正規雇用者が01年2月と05年12月で6・6%減少しているのに対して非正規雇用者が28%も増え、実数の上でも正規の半分になっていることなどでも証明されています。(編集部 谷川)
(このページのトップへ)
|